同じ空の下で 202
タブレット越しに吉居の目が衛を貫いてくる。隣りに座る栄次が、バックミラー越しに自分を伺う桐生とヒロが、衛の様子を息を殺して見守っている。
「……俺は……」
衛が重い口を開きかけたとき。
「衛さん」
栄次がそれを横から掠め取って、衛を見つめた。思わずビクリと肩が動く。視線がタブレット越しの吉居から、栄次に移る。栄次は真剣な顔をしていた。
自分を思いやる顔。それは五代目の顔ではなく、衛を心配し、気まずそうにしている恋人の顔だった。
「この話は、あなたがこの話を呑んでくださるなら、今日を限りで2度とすることはありません」
「……俺が、話を呑むなら……?」
「はい。俺の顔に誓って」
栄次の苦渋の滲む顔は、「今更蒸し返す必要はない」と言い張ったのが栄次だと教えてくれた。雅子が衛と睦まじい兄妹であることも知っているだろうし、三代目が見逃した物を今更……という気持ちもあるだろう。だが、栄次だって生まれたときから雅子を見てきたのだ。衛の護衛役だったとはいえ、母屋で暮らす栄次にとっては、離れの衛よりも母屋にいる雅子の方との方が、余程そばにいる時間は長かった。
父と兄から空気のように扱われ、母と離れの衛を唯一の家族だと思い、衛にいつも懐いていた雅子。衛のいない母屋の夜は、どれだけ彼女に過酷だったろう。それを、栄次はつぶさに見てきた。
部屋住みではない吉居と栄次では、雅子に対する思いは違う。
それでも、衛にこの話を呑ませるためなら、栄次にはこのカードを切ることを止めることはできないのだ。それならば、この話はこれを限りに……と言ってくれるのは、多分ギリギリの選択なのだろう。
「衛さん。我々はこちらの我が儘であなたの職分を冒そうとしているのではありません。これは、日本を守るための話です」
吉居が衛が頷きやすい言葉を投げかけてくる。
だが、そんな言葉がなくても、衛にはもう頷くことしかできないのだ。
衛は栄次の顔にもう1度視線を戻した。多分、その目は不安げに揺れていただろう。
栄次はしっかりと頷いた。
雅子の件に関しては、これ以上組には何も言わせないから、と。
ああ、これが手なのかもしれない。こうして甘い条件を示して俺に頷かせようという、彼らの良くやる手。だが、もう自分には選択肢は残されていないのだ。
「……分かりました」
衛が絞り出すようにそう言うと、あからさまに栄次も、桐生やヒロも、タブレットの向こうにいる吉居も、さらにその向こうに広がっている多くの人間の気配も、ホッとしたような空気を醸し出した。
「ありがとうございます、衛さん。それでは、話を詰めましょうか。こちらとあちらの話が違っていては、裁判の時にも困るでしょう?」
「あちら?」
吉居が僅かに緩んだ口元で告げた言葉が、雅子のことで頭がいっぱいの衛には、一瞬何の意味か分からなかった。
「ええ。いや、あなたの従兄だとか名乗りやがったあの男、さすがに次期巌山会会長の椅子に1番近いと言われているだけあって、なかなか気の利く男ですね。奴らが呉谷に何と言い含めたのか、衛さんが正確に把握していないと裁判の時に困るだろうと、わざわざこちらに連絡を寄こして、事細かに説明してくれましたよ」
「え?弘毅さんって……そうなんですか……?」
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