◇◇◇ ◇◇◇
窓の外で、木の枝からだろうか、雪が滑り落ちる音がした。そんな音が耳に入るほど、この村の夜は静かだった。
村の中に小さな呑み屋が無い訳では無いのだが、当たりの静寂を破るような大声を出す人はいない。
外は暗くて、分厚い雲がかかっているのだろう、月灯りも星灯りも見えない。そんな静かな夜のなか、久義はウィリアムと向かい合って座っていた。
祖父の家の二階の自室。一階の祖父母は朝も夜も早いから、もうねむっているだろう。先程まで大勢いた従兄弟や弟子達も、今は自分の家や離れに戻っている。
そんな二人きりの部屋の中、久義は小さく泣いていた。先程皆の前でウィリアムに愛していると言われ、こぼれ落ちた涙がまだ止まらないのだ。
「ヒース、お願いだ。そんな風に泣かないでくれ」
そう言われても、久義だって好きで泣いている訳ではないのだ。ただ、どうしても、こぼれる涙を拭うことが出来ない。
「だって、だってウィル、何にも考えてないだろう!?どうして俺があんたの為にこんなに考えなきゃいけないんだよ。ウィルはフィッツガードの跡取りなのに!貴族はその血と領地を時代に引き継がせることが使命の筈だ。代々続いたフィッツガードをあんたが放り出すなんて許されないのに……!!」
必死にウィリアムの説得を試みているのに、ウィリアムは困ったような顔で、それでもどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「何笑ってるんだ!俺は真面目に……!」
「ごめん、でも、嬉しくて」
ウィリアムはそっと久義の頬に手を当てると、ふんわりと微笑んだ。
「こんな事を言えば怒られると分かっているが……でも、嬉しくて」
「何で…!」
嬉しい?こんなに自分が怒っているのに?
誰の為にこんなに怒って、誰の為にこんなに泣いていると思っているのだ。それなのにと魚のウィリアムは人の気も知らないで、嬉しいだなんて何を言っているのだ……!
「だって、私の為にそんなにボロボロになるほど考えて、私の為に憤ってくれているのだろう?私はとても幸せな男だ。ヒースに愛されていると、心から思えるんだよ」
「バカにしてるのか!?俺は真面目に話してるんだぞ!」
伝わらないことにもどかしさを覚え、久義はウィリアムの胸を拳で叩いた。だが、その手はすぐにウィリアムに止められる。そうしてウィリアムは、掴んだ久義の右手の甲にそっとキスをした。
「……!」
すぐに久義の頬が赤く染まる。どうしてこんなことをするのだ。どうして……!
「ヒース、何度も言っているが、君も知っているように、私には弟がいる。代々続いたフィッツガードの血を引くれっきとした弟だ。これからの時代にふさわしい人間に育ってくれることと思う」
久義も海斗を……いや、マウリッツを思い出す。まだ真理江夫人に抱きかかえて貰わないと座っていられないような、小さな小さな男の子。父親である伯爵に似て鼻筋が高く、母親である真理江夫人に似て真っ黒な髪と目をしている。
「ヒースから見れば、貴族の社会は狭く、時代錯誤に感じるだろう。伝統と格式を重んじるばかりで排他的。もちろん、そんな家も多いだろう。だがね。君も知っていると思うが、イギリスでは19世紀末に貴族にも相続税が課されて、20世紀に入ってすぐ土地税が引き上げられた。多くの貴族が没落し、600ものカントリーハウスが売却され、没落した貴族達が縋ったのはアメリカの富豪だった。800数家の貴族家に対し、持参金を持って嫁いできたアメリカの富豪の娘は200家にも昇っている。それができなかった家の多くはナショナル・トラストに城を寄贈したか、バース侯爵に倣って城を一般公開して何とか凌いでいる。私の家だってそうだ。なぁ、ヒース。知ってるか?ステイトリー・ホームビジネス※を確立したベッドフォード公爵は、公爵という最高位の爵位を持ちながら自城への集客に貪欲で、城にサファリパークを作ったり、クラシックカーを展示したり、サーカスを呼んだりするどころか、ヌーディストクラブに城を開放までしたんだよ?前王太子妃のご実家だって今や御主君が自らパンフレットにサインをして観光客に手売りしているこの時代に、旧態依然の貴族であることに何の意味がある?我々も、時代に合わせて変わってきているんだよ」
貴族であるウィリアムと、庶民で、尚かつ外国人である久義では、見えている物が違う。ひょっとしたら、貴族に“貴族らしさ”を求めているのは、当の貴族以上に、こうした庶民や貴族のいない国から来た外国人なのかもしれない。
※ステイトリー・ホームビジネス:自城に住んだまま城をビジネスに転用すること。いち早く自城を一般公開して入場料を取ったバース侯爵・モンタギュー男爵・ベドフォード公爵によって確立された。
ちな、ベッドフォード公爵夫人はCMでも有名な、午後の紅茶の考案者です。そしてモンタギュー男爵家はかつてのモンタギュー公爵家(おや、この名前は……シェイクスピアがお名前を拝借したほどのおうちですね!?)の傍系で、主家は跡取りがいなくて廃絶されました。
いや、いち早くステイトリー・ホームビジネスに踏み切った御三家、公爵家とか侯爵家って……びっくり!!
あ、今更ですが、この小説でいう「城」は私達が「貴族のお城」と呼ぶカントリーハウスのことであって、厳密な意味での王家所有の城ではないので悪しからずです💦💦
すいません、ほんと、史学科卒の悪い癖が出ております💦💦 調べてると楽しくて……💦💦
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